母の命日

4月3日は私の母の命日でした。
2006年の桜が咲くこの素敵な季節にママは旅たちました。

ママの看病をしに毎日病院で泊り込みしていた病室の窓から見える桜の木、ママのお葬式を行った教会の周りには満開な桜の木。2年も経つ今でも色鮮やかに記憶の中に残っています。

母ひとり、子ひとりで育った私にとってママはとても大きな存在でした。とても厳しい人で何度も反発をしたり、何度もケンカをしたりもしました。しかし、私にとっては母という存在だけでなく、姉妹でもあり、親友でもありました。子どもの頃から亡くなるまでずっと私の話をよく聞いてくれました。子どもの頃から私は1日あったことを初めから最後まで毎晩のようにママに話をしていました。厳しい人ではあったけれども、物わかりの良い母だった気がします。

好きな人が出来るといつも真っ先にママに逢わせました。恋愛中の時ってちゃんと自分では見えていないこともあって、「LOVE IS BLIND」と言いますが、意外と母親の見る目って正しくて当たっていることが多かったと思う。

恋愛だけで無く、色々なところでママの教えが今の私の中にある。子どもの頃は怖いなって思っていた厳しい母でしたが、今は厳しく育ててくれてよかったなと思うこともたくさんあります。

先日、母の命日も近いし、良さそうな本があったからと「親の家を片づけながら」という本を頂きました。原作はリデア・フレムというフランスの精神分析学者が書いた本です。英語訳を探してくれたみたいなんだけど、探せなかったから読めたら日本語訳を読んで、って。こんなに素敵な本に出逢えてとても嬉しいなって思います。

親の死、親と子にしか体験出来ない思いや出来事が適切に書かれています。この本を書いたフレムも一人娘みたいで私が同感出来る思いや体験が書いてある。SPIRITUALな部分も、法律的な部分も私が感じたことがびっしり書いてあります。

8 thoughts on “母の命日”

  1. 初めまして
    河合徹三さんに関しての 事を検索していたら
    辿り着きました
    母の命日
    というタイトルに
    はっとしました
    幸い 母は健在でおります
    私も40を迎え 親戚 知人 友までもが “死"という モノに直面する年になったのを実感します
    バンドの友も 先週 親友を亡くし 今はそれを乗り越えようと苦悶しています
    我が町 仙台にも桜が
    届けられました
    keikoさん同様に 彼女も 又 桜が咲く度 逝ってしまった親友を思い出すでしょう
    寂しい話でしたが
    この話をする事で 慰めに なればと思い…
    私自身 昔カントリーのバンドをやってまして
    keikoさんを野外イベントのステージ袖で観ていた 事があります
    機会がありましたら
    又 是非 仙台においで下さい

  2. tequila-banmas さん、
    コメントありがとうございます!
    仙台は以前年に数回ライヴでお邪魔していました。とても好きな街のひとつです。
    きっとお友だちもとても寂しい思いをしていますね。
    私もこの「春」の季節がいちばん待ち遠しく、大好きな季節がとても寂しい季節にもなってしまいましたが、母はこの一番美しい季節を選んで旅立ったのだなぁと、女性としては素敵かなと思えるようにもなっています。
    ぜひまた仙台の方へライヴで伺いたいですね!
    その時はぜひまた聴きに入らしてくださいね!
    では、またブログへも遊びに入らしてください♪

  3. KEICOさん初めまして
    emiさんの食堂からジャンプしてきました。
    だいぶ前から こちらにも遊びにきていたのですが初コメントです。
    みゅーじん(TV)でのお姿も拝見しました。
    私の父が他界し
    今年の6月で4年になります。
    当時は悲しむ間も無く
    たくさんの 事務処理に追われた
    暑い夏の日のことを思い出します。
    でも私は
    あの世の存在を確信していますので
    人間は 消えて無くなる存在ではない
    この世の使命を終えて あの世に帰る
    あらたな使命をもって
    生まれ変わる準備のために
    一時的な別れ なんだと感じるのです。
    その人生の最後を看取ることで 
    生と死 自分の生き方について考えさせられます。
    人の死に直面することで
    今の自分の人生には
    限りがあるのだと 
    学ぶことが出来るのですね

  4. KEICOさん初めまして
    emiさんの食堂からジャンプしてきました。
    だいぶ前から こちらにも遊びにきていたのですが初コメントです。
    みゅーじん(TV)でのお姿も拝見しました。
    私の父が他界し
    今年の6月で4年になります。
    当時は悲しむ間も無く
    たくさんの 事務処理に追われた
    暑い夏の日のことを思い出します。
    でも私は
    あの世の存在を確信していますので
    人間は 消えて無くなる存在ではない
    この世の使命を終えて あの世に帰る
    あらたな使命をもって
    生まれ変わる準備のために
    一時的な別れ なんだと感じるのです。
    その人生の最後を看取ることで 
    生と死 自分の生き方について考えさせられます。
    人の死に直面することで
    今の自分の人生には
    限りがあるのだと 
    学ぶことが出来るのですね

  5. SHIROH様、
    コメントありがとうございます!
    みゅーじんも観てくださったとのことで嬉しいで。
    親とのお別れはきっといつまでも寂しいのでしょうね!でもきっとSHIROHさんのお父様もいつもそばで見守ってくださっていますね。
    私も始めは逢えないことがとても寂しくて辛かったのです、今でも逢いたいなと思うことがよくありますが、今では何時でも直ぐそばに母がいてくれている気がします。
    またブログへも遊びに入らしてください。
    ありがとうございました!

  6. SHIROH様、
    コメントありがとうございます!
    みゅーじんも観てくださったとのことで嬉しいで。
    親とのお別れはきっといつまでも寂しいのでしょうね!でもきっとSHIROHさんのお父様もいつもそばで見守ってくださっていますね。
    私も始めは逢えないことがとても寂しくて辛かったのです、今でも逢いたいなと思うことがよくありますが、今では何時でも直ぐそばに母がいてくれている気がします。
    またブログへも遊びに入らしてください。
    ありがとうございました!

  7. やっぱり当時はなんだかんだ言っても寂しかったですね
    最後の姿が焼きついて
    最期の最期まで家族の為に生きた人でした。
    病院に泊まり込んだことも思い出します。
    私は複雑な家庭事情でして
    小・中学と母子家庭でした。
    母への反発もパンパではなかったです。
    今はさすがに落ち着きましたが・・・
    私には母がいましたが
    KEICOさんがお一人でお母様の最期を
    看取られ、あらゆることをなされたんだなぁ
    と思うだけで容易なことではなかっただろうと想像します。
    本当に大変でしたね
    またブログにおじゃまさせて頂きます。

  8. やっぱり当時はなんだかんだ言っても寂しかったですね
    最後の姿が焼きついて
    最期の最期まで家族の為に生きた人でした。
    病院に泊まり込んだことも思い出します。
    私は複雑な家庭事情でして
    小・中学と母子家庭でした。
    母への反発もパンパではなかったです。
    今はさすがに落ち着きましたが・・・
    私には母がいましたが
    KEICOさんがお一人でお母様の最期を
    看取られ、あらゆることをなされたんだなぁ
    と思うだけで容易なことではなかっただろうと想像します。
    本当に大変でしたね
    またブログにおじゃまさせて頂きます。

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